箱根駅伝2020!東洋大学の酒井俊幸監督の経歴や実績・プロフィールを紹介!

スポーツ

箱根駅伝が今年も開催されます。

どの大学が総合優勝をするのか?
注目が集まる駅伝ですよね。

そんな箱根駅伝に出場する、
東洋大学の酒井俊幸(さかい としゆき)監督について、
経歴や実績、プロフィールを紹介しましょう!

 

 

 

 

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酒井俊幸のプロフィール!経歴や実績は?

酒井俊幸(さかい としゆき)監督のプロフィールはこちら。

酒井俊幸(さかい としゆき)


生年月日:1976年(43歳)
出身地:福島県石川郡石川町
出身高校:学校法人石川高等学校
出身大学:東洋大学

酒井俊幸監督は、
高校2年生の時に
全国高校駅伝大会に出場。

6区を任され
区間10位の成績で走り、
チームの順位を26位から22位へとあげました。

高校卒業後は
東洋大学へ進学。

酒井俊幸監督は
1年生の時から箱根駅伝に出場し
4年生ではキャプテンを努めますが、
最後の年である箱根駅伝には
故障明けで出場することはできませんでした。

チームは9位に入り、
シード権を獲得します。

 

1999年に東洋大学を卒業すると
コニカに進学。

メキメキと頭角を表し
2001年〜2003年まで、
全日本実業団駅伝3連覇のメンバーとして貢献します。

アンカーも経験し
胴上げ選手にもなりました。

 

酒井俊幸監督が2005年にコニカを退社すると、
母校の学校法人石川高等学校の
教員となり陸上部の顧問を努めます。

教員をしながらも
国体のハーフマラソンに、
福島県代表として出場し入賞するなど
その実力は衰えていませんでした。

◆酒井俊幸監督としての実績

選手を見る目や指導力を
高く評価されていた酒井俊幸監督。

2008年に
東洋大学の川嶋伸次監督が、
部員の不祥事により
責任をとって辞任。

後任として抜擢され
2009年から監督として指導を始めます。

この時、
酒井俊幸監督は32歳。

最年少の監督として
箱根駅伝に出場することになります。

 

2009年から10年連続箱根駅伝に出場、
そして2011年と2012年に
箱根駅伝2年連続優勝に導くなど、
指導者として優れた成績を残しています。

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酒井俊幸監督の指導者としての哲学

酒井俊幸監督は、
大学での駅伝は通過点と考えており
将来性のある選手には、
実業団の練習方法をさせるなど
選手の将来を誰よりも考えていました。

「1人1人が自立自走できるチーム」
を目指していて、
選手自身が自分の状態を把握し
最適な練習方法を作り上げています。

酒井俊幸監督の指導のもとで育った選手には、
前マラソン日本記録保持者の設楽悠太選手や
東京オリンピックに出場する服部勇馬選手がいます。

箱根駅伝2020の東洋大学エントリー選手

  • 4年:相澤晃(あいざわ あきら)
  • 4年:今西駿介(いまにし しゅんすけ)
  • 4年:定方駿(さだかた しゅん)
  • 4年:渡邉奏太(わたなべ そうた)
  • 3年:大澤駿(おおさわ しゅん)
  • 3年:田中龍誠(たなか りゅうせい)
  • 3年:西山和弥(にしやま かずや)
  • 3年:川洋次(よしかわ ひろつぐ)
  • 2年:蝦夷森章太(えぞもり しょうた)
  • 2年:宮下隼人(みやした はやと)
  • 1年:及川瑠音(おいかわ るおん)
  • 1年:久保田悠月(くぼた ゆずき)
  • 1年:清野太雅(きよの たいが)
  • 1年:古川隼(ふるかわ はやと)
  • 1年:前田義弘(まえだ よしひろ)
  • 1年:山田和輝(やまだ かずき)

 

 

 

 

箱根駅伝2020!東洋大学の酒井俊幸監督の経歴や実績・プロフィールを紹介! まとめ

箱根駅伝2020に出場する
東洋大学の酒井俊幸監督について、
経歴や実績やプロフィールを紹介しました。

酒井俊幸監督の指導により
選手個人個人が、
自分にあった練習メニューを作る東洋大学。

かつて2連覇も果たした酒井俊幸監督が、
どんな戦略をとるのか?

今から楽しみですね!

以上、
東洋大学の酒井俊幸監督についてでした!

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